Bunny The Flat
フラットコーテッドレトリバーのグレースとウェルシュコーギーペンブロークのミルクのDog Life
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バニー最後の探検 片島魚雷発射試験場跡 (2012.3)
2年前の春休み、当時13歳9か月のバニーを連れて、クルマでママの実家がある長崎に行きました。
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そのとき、ひょんなことから川棚町片島にある、魚雷発射試験場跡を訪ねました。
まだ当時は戦跡に興味があったわけではなく、珍しい廃墟があるから寄ってみようという感じでした。
奇しくもこれが初めての戦跡探索、そしてバニーとの最後の探検になりました。

地図を頼りに細長い半島の先端にやってくると、遺構が姿を現しました。
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近づいてみると、L型の桟橋のようなものの先に、小さな建物があります。
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左に目をやると、そこには天井が崩れ落ちた石積みの建物がありました。
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これが魚雷収蔵施設と言われているもので、
そこからまっすぐ海に向かって魚雷発射台がのびていて、横にあるのはその監視塔だそうです。
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ここでこの施設の説明を引用します。

佐世保鎮守府が開庁されて間もなく、海軍工廠が佐世保湾の北岸に開設された。
この工場で製造される魚雷を実地に発射実験するために大正七年(一九一八年)
川棚村の片島に魚形水雷発射試験場が設置された。
発射した魚雷の進行状況を頂上の観測所から観測し性能試験を行った。

太平洋戦争勃発後、昭和一七年(一九四二年)川棚に分工廠が設置されたことに伴い、
魚雷発射場の施設がさらに拡張され、片島は埋め立てられて陸続きとなった。

ということです。

では魚雷収蔵施設から見ていきましょう。
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下のほうは石積み、上のほうはレンガ造りになっているようです。
中に入ってみましょう。バニーは拾い食い防止の口輪をつけています。
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崩れた天井は撤去されたのか、内部はがらんどうです。
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中に生えている木の幹の太さが、歴史を物語っています。
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古代遺跡のような、奇妙な光景です
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中央にはプールのようなくぼみがありました。
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奥に仕切りで隔てられた部屋がありました
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ここで魚雷の調整を行ったのでしょうか。
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14歳を目前にしていても、バニーはしっかりと歩き、視力も衰えてはいましたが楽しく探索をしていました。
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陽が傾いてきました。
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ここで言う魚雷には、おそらく特攻兵器の回天も含まれていたのでしょう…
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悲しい時代の生き証人、床のタイルの輝きに冷酷さを感じました。
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外には監視塔が見えています
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そっちに移りましょう。
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バニーはここで待っててね。
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発射台に沿って歩いて端まで来ました。レール跡みたいなのが刻まれています
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突端は崩落していて、発射装置などくわしいことはわかりません。
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右が発射台部分、左が監視塔です
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3階構造になっていたのでしょうか
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中は床が抜けているので詳しくはわかりませんが、
上から魚雷の航跡をここで監視したのでしょう。
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傾いた陽が海面に反射しています
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一緒に来た娘と姪たちもおっかなびっくり見ています。。平和のありがたみを実感しました。
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ここで沖の方に目をやると、もう一つ建物があるのに気付きました。
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こんどはあっちにいってみましょう
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近づいてみたら、こちらは橋が落ちてしまっていて、行くことができませんでした。
これは監視所といわれています。監視塔との役割の違いはよくわかりませんが、
向う側に何かが隠れているような気がして、気になります。
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おまたせ。
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次は施設の裏の丘の上に登ってみよう。

お散歩ですよーということでここからミルクも参加しました。
10分ほど山道を歩いた丘の上にも小さな建物がありました。
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バニーもちゃんと登ってきました。
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これは魚雷監視望楼というそうです
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ここから下界を一望できます
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先ほどの発射台が見えます
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内部は崩壊と落書きが目立ちました。
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以上で探索を終了しました。

この時期になると、バニーとの最後の春のことが、走馬灯のように思い出されます。
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いま、グレースとやってる探検は、きっとバニーも空の上から楽しそうに見ててくれてるのでしょう。
もしかしたら、透明になって、いっしょに歩いているのかもしれません・・・

2012年3月、バニーと歩いた、片島・魚雷発射試験場跡でした。

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コメント
コメント
バニーちゃん可愛い~♥
はじめまして、バニーちゃんv-237
フラットには珍しく長生きさんですね。
いいな、長生きの秘訣を教えてもらいたいです。
最低10年は一緒にいたいですよね~

レバーの子はすごく元気がいい子が多いみたいですけど
バニーちゃんはどんな女の子だったんですか?
新ちゃんと同じ口輪と思ったら、吠えるのじゃなくて
拾い食いなんですね(笑)

2014/03/06(木) 16:31:36 | URL | パトリシアよしえ #9voxXVmA [ 編集 ]
パトリシアよしえさん
ありがとうございます。
バニーは7歳でうちに来たので、一緒にいれたのは7年ですが、
10歳時に子宮膿腫、12歳時に胃捻転と、危機一髪も経験しているんですよ。
慢性膵炎とか数値上の異常は常になにがしかありましたが、
体が丈夫で体力があったのがよかったんだろうと思います。
グレも長生きしてほしいです。

バニーはグレと違って怒りを知らないんじゃないかというくらい温厚で、
やさしく賢い子でした。
ただし食欲は旺盛で、そのため口輪が必要でした。
新ちゃんのと同じかなってぼくも思いました(笑)
2014/03/07(金) 01:35:02 | URL | bunnytheflat #- [ 編集 ]
こんばんは!
前記事ですみません<(_ _)>

バニーちゃん、可愛いですね~❤
14歳目前まで一緒に探検していたんですね!!
さすがです(^^)v
グレースちゃんはバニーちゃんの血を継いでいるのですね!!

長崎にも人間魚雷の施設があったんですね。
今回の記事を拝見させていただいて、
以前行った大津島の回天の基地に雰囲気が似ているな…と思いました。
何とも言えない気持ちになりますよね。

あと、長崎まで車で行かれたんですね!?
それもまたスゴイです!!
2014/03/10(月) 00:04:08 | URL | 野乃母ちゃん #- [ 編集 ]
野乃母ちゃんさん
こんばんは!
ありがとうございます。
バニーの最後の春に長崎まで車で行ったのは
ほんとにいい思い出です。
当時あっちの家にいたミニチュアダックスも今では空の上に行ってしまいました。
ほんの2年でがらっと変わってしまうものですね。
バニーとはよく廃線跡歩きをしました。
このころはまさか今みたいな砲台さがしなんかに発展するとは夢にも思いませんでした(笑)
バニーとやり残したことを今グレとしてるのかもしれませんね。

最近調べて知ったのですが、この川棚にはかつて特攻訓練所があり、
全国からここに集められて訓練を受けた後、行き先を知らせずに各地に配属されたらしいです。
そういう辛い時代の遺物なんですね・・・
2014/03/10(月) 00:40:16 | URL | bunnytheflat #- [ 編集 ]
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